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海外写真集 > 朝鮮民主主義人民共和国

朝鮮民主主義人民共和国 (Democratic People's Republic of Korea)


 朝鮮民主主義人民共和国(以下,朝鮮)は近くて遠い国(正確には地域),韓国は何度も行くのにこの国は行ったことが無かった。行って見なければ何も語れない,何も評論出来ない。そんな動機で,勢いに任せて2000年8月訪朝した。

 通常の朝鮮への入国ルートは,中国の北京経由か瀋陽経由で空路平壌に入る方法,もしくは,ロシアのウラジオストクから空路平壌入りが一般的であるが,わたくしは当時不定期に運行されていた,チャーターフライトで名古屋から朝鮮に入国した。

 名古屋空港からのフライト時間は3時間弱,あっという間に到着した。5日間の滞在で,平壌,開城,板門店及び妙香山等を観光した。

(2001年記,2013年一部追記)

平壌の風景(Pyongyang



金日成国家主席の銅像
 左の写真は,朝鮮の首都,平壌の万寿台(マンスデ)の丘にある,金日成国家主席(1912年4月15日 - 1994年7月8日)の銅像。朝鮮を訪れた人々は必ずここに来て,献花,挨拶をする。この場所を抜きに朝鮮観光をすることはできない。

 全てが巨大につくられている平壌であるが,この銅像の大きさは圧巻。足もとの人間の身長から推察すると,この大きさがわかる。写真を撮ることは構わないが,国家主席と同じポーズをしての撮影は禁じられている。銅像の後ろは,朝鮮革命博物館。

 2000年当時は,金日成国家主席の銅像のみであったが,現在では,金正日総書記(1941年2月16日 - 2011年12月17日)の銅像もこの場所に建造されている。


名古屋空港(小牧)に駐機中の高麗航空機
高麗航空 (Air Koryo)で名古屋から出発。機材は旧ソ連製のツボレフ(TU-154B)。主翼にエンジンが無く,後ろに3発とユニークな設計機。 
高麗航空の平壌行き搭乗券
平壌行き高麗航空のボーディングパス。ピョンヤンの順安空港の3レターはFNJ(専門職でも普通は知らん)。名古屋空港の手続きはANAがエンドース。
 
順安空港のターミナル
朝鮮の玄関,順安空港のターミナルビル。ボーディングブリッジは無く,全て沖止め。出迎えは若き日の金日成国家主席。道中よろしくお願いします。
平壌市中心(西平壌)
平壌市の中心地,西平壌側(主体思想塔より撮影)。写真手前は市内中心を流れる大同江(テドンガン)。左奥は建設中の柳京ホテル(100階建て)。
 
凱旋門
金日成国家主席の生誕70周年を記念して,1982年4月15日に建てられた。パリの凱旋門をモデルとしながらも,約10m高くなるように造られており,世界最大の凱旋門となった。金日成主席が祖国回復を志し平壌を後にした年である1925年,平壌に凱旋した1945年の年号が付されている。
人民大学習堂と金日成広場
朝鮮における軍事パレードや大きなイベントはここの金日成広場で行われるため,この場所の映像がよく流れ,日本人におなじみの場所となっている(対岸の主体(チュチェ)思想塔より撮影)。奥(西)に人民大学習堂,左に朝鮮中央歴史博物館がある。
 
主体(チュチェ)思想塔
金日成主席の70歳の誕生日を記念して,人民大学習堂の対岸に建造された。高さ170メートル。主体思想とは,朝鮮および朝鮮労働党の政治思想。
普通江沿いの柳と柳京ホテル
普通江沿いの美しい柳,柳の多い平壌は別名,柳京と呼ばれている。後ろは柳京ホテル(高さ300メートル超の世界最大の建造物)。このホテルは2000年当時は,資金難で世界最大の廃墟と揶揄されていたが,現在は完成間近との情報もある。

朝鮮の交通事情と宿泊ホテル

平壌の地下鉄
平壌の地下鉄が記された絵葉書から拝借。

駅構内の天井にはシャンデリア,壁には壁画が施され豪華絢爛。駅ごとに壁画等のデザインが異なる。地下鉄乗車と駅の見学は,朝鮮観光スポットの定番であるが,まさに圧巻。

旧東欧諸国がそうであったように,平壌の地下鉄もソビエトからの援助を受け,1973年に完成した。ソウルの地下鉄開業が1974年であることより,朝鮮半島での地下鉄の歴史は平壌抜きでは語れない。

車両はベルリン地下鉄からの譲渡を受けたものを使用している様だ。

地下鉄の復興駅
平壌の地下鉄は千里馬線と革新線の2路線,16の駅(戦友駅が乗り換え駅)があるが,2000年当時,観光客が乗車できるのは,千里馬線始発駅である復興駅と,次の栄光駅間のみであった。シャンデリアと壁画が美しい。
地下鉄の栄光駅
この駅のシャンデリアも先の駅のデザインと違い美しい。平壌の地下鉄の特徴は,駅名が全て戦争,軍事にちなんだ名前になっていること。前述の復興駅,戦友駅,この駅は栄光駅。その他,革新,凱旋,統一,勝利・・・。
 
地下鉄のプラットホームへ
プラットホームまでのエスカレーター。エスカレーターの速度はかなり速いが,それでも,乗り場まで数分は要した。有事に備えて,地下100メートル超に駅はある。100メートルがどれだけ深いか。東京の半蔵門線,南北線でも,深さたった約20メートル。有事とは,言わずと知れた核戦争。
市内を走るトローリーバス
地上を走るトローリーバス。架線から電気を供給しながら走る電気自動車。地下鉄同様多くの市民を乗せて走るが,平壌では温暖化ガスを出さない電気自動車がとっくに走っている。それに比べたら,日本は遅れているかも。
 
北南をつなぐの大動脈
平壌から南に走り,韓国との境界線,板門店に通じる高速道路。瑞興休憩所にて撮影。舗装はされているが,ラインはない。ラインが必要なほど車が走っていない。北南統一の後は,平壌とソウルを結ぶ大動脈となるべく道。
妙香山への高速道路
平壌から東北の妙香山に通じる高速道路。清川(チョンチョン)沿いに遡る(橋梁部が多い)。道の建設は朝鮮人民軍の軍人が行う。この奥に重要な軍事施設があるため,インフラ整備に抜かりなし。
 
羊角島(ヤンガクド)国際ホテル
平壌にある特級ホテルである羊角島国際ホテル。立派なホテルでした。大同江(テドンガン)の中洲(羊角島)に立つ(遊覧船から撮影)。外国人はこのホテルに宿泊すると,この中州から自力で出られない。
香山ホテル
平壌の東北,車で約1時間。慈江道熙川市のリゾート地,妙香山にある香山ホテル。山中に立つピラミッド型の美しいホテル。最上階はお決まりの展望回転レストラン。

軍事境界線と板門店へ

偉大なる指導者のポートレート
街のいたる所に指導者たる親子の写真や肖像画が掲げてある。中でもこの肖像画はひときわすばらしい。平壌市内をゆったり流れる大同江(テドンガン)にかかる橋を語らいながら散歩する2大指導者を描いた作品。平和の象徴,鳩が戯れて和やかな雰囲気をかもしだしている。

普通江(ポトンガン)ホテルにて撮影。

さ,平和な平壌から軍事境界線(国境と誤って認識する方も多いが,軍事境界線は国境でない)まで車で2時間強。境界線付近は緊張した空気におおわれ,まさに「一触即発」の雰囲気を味わうことができました。

軍事停戦委員会会議場と軍事境界線
写真奥,向こう側が当然大韓民国(朝鮮側の板門閣より撮影)。小屋は,軍事停戦委員会会議場。写真中央,横に走る10センチほどの突起が38度線(軍事境界線)。
軍事停戦委員会会議場の内部
軍事停戦委員会会議場小屋の中。この小屋の中だけは南北自由に行き来しても良い場所。ちなみに,マイクの線が38度線ということは言わずと知れた事実。
 
軍事停戦委員会会議場より
韓国側をのぞくと,UNのマーク入りのヘルメットをかぶった国連軍の兵士が・・・。今回だけは,わたくしはそちらへ行けません。少々複雑な思いかつ緊張しました。 
軍事境界線から少し離れると
コンクリートの巨大な塊が道路沿いに配備されている。韓国側が攻め入ってきた際,ストッパーを外し,コンクリート塊を道に落とし韓国軍の北進を防ぐ。 
 
軍事境界線近くの道路標識
韓国ソウルまで,ここから70キロメートルと書いてある。ちなみに平壌までは北に約200キロある。軍事境界線からソウルまではわずかの距離しかないということ。 
朝鮮戦争停戦合意書
軍事境界線近くの小屋に,朝鮮戦争の停戦に同意した文書(レプリカ)が色褪せた国連旗とともに保存されている。朝鮮戦争は,停戦(休戦)したのみで,終了していない。 
 
軍事境界線近くの風景
軍事境界線近くの風景(車窓より)。護岸工事等の手が加えられておらず,手つかずの自然が残っている。
朝鮮の子供たち
最後に私のわがままで1枚-平壌の小学生-。マスゲームの練習を終えて帰宅するところ。朝鮮の子供たちガンバレよ!

バス