極東ロシア
極東ロシア (Far East of Russia)
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(旧)ソビエト連邦は1917年に社会主義革命が起こり誕生。重工業を発展させ,第2次世界大戦後,アメリカ合衆国と並ぶ超大国となった。東西冷戦の時代を経て,1991年12月のソビエト連邦の崩壊,CISの創立によりロシア連邦が成立。それまでの社会主義とは正反対の市場経済主義を取り入れ,西側諸国との協調路線を歩むようになった。
計画から2年を経た2003年夏,「空路2時間のヨーロッパへ」をキャッチコピーに掲げ,オフィス弾丸急行により,ロシア極東の玄関口であるウラジオストク及びその周辺への旅行が企画されました。
(2003年記)
ウラジオストク(Vladivostok)
ウラジオストクは人口約70万人。ウラジオストクとは,ヴラディ=支配せよ,ボストーク=東方,つまり東方地域を支配せよとロシア皇帝が命じたことに由来する。1860年にこの地に上陸,国境警備隊所が設立されて以降,極東最大の港湾都市として発展してきた。
第2次世界大戦後は軍事的理由により「閉鎖都市」となり,ソビエト国民でさえもこの都市への訪問が制限されていた。1989年にソ連国民に開放,1992年に外国人に開放された。














モスクワ行きシベリア鉄道ロシア号の出発風景と潜水艦博物館
ウラジオストクはシベリア鉄道の終着駅,始発駅である。総長9288kmのシベリア鉄道は世界最長の鉄道路線である。ウラジオストクを出発した「ロシア号」は,ハバロフスク,イルクーツク,オムスク等の都市を経由し,7泊8日でモスクワに到着する。体力勝負がシベリア鉄道です。ちなみにこの間,入浴は出来ません。
全ての区間で電化されており,先頭の電車が客車をけん引する方式で走行する。その出発はレールのつなぎ目を車輪が通過する音のみ残し,静かにゆっくり発車して行く。ウラジオストク駅のホームで流れる2拍子かつ短調のロシア独特の音楽が何とも感慨深い旅情をかもし出す。
一方,潜水艦は旧ソ連が誇る一連の軍事産業の産物で,第2次世界大戦以前に活躍したものを陸にあげて博物館として開放しており,この潜水艦の内部を見学することができる。
不凍港であるウラジオストクの金角湾には,この他,海上には現役の艦艇や,潜水艦,退役した原子力潜水艦?などが怪しくも所狭しと浮いている。この金角湾は軍港に加えて,商港であり漁港でもあり,多目的な港として重要な役割を担っている。














路面電車の風景とシベリア鉄道に乗ってウスリースクへ
ウラジオストクには,トラムと呼ばれる路面電車が市内を縦横に走っており,市民の移動には欠かせない。この他,更に郊外に向けては架線から電気をひいて走るトローリーバスも走る。5ルーブル(2003年8月のレートで20円強)で乗車できる。トラムは線路も車両も老朽化しており,写真で見るとさびれた感があるが,古いことは良いことで,シャビーでみすぼらしい感じは全くなかった。また,これが古い街にマッチしており,たいそう趣がある。
何とか今回の渡航でシベリア鉄道に少しでも長い間乗車したかった。かといって,車中で1泊してハバロフスクまで行っても,時間の都合で航空機を利用してウラジオストクまで帰らねばならず,折中案として,2時間あまりのウスリースクまでの乗車とし,帰りは車を用いてウラジオストクに帰ってきた。利用したのは,ウラジオストク発13時16分発のハバロフスク方面行きの全車両コンパートメント2段ベッド仕様の寝台列車。終点はサハリンの対岸の街,ソベーツカヤガバニ。ウラジオストクを出発した後,1日と18時間あまりかけて走る列車のようだ。














最後までご覧頂きありがとうございました。これでロシアのページはひとまず終わりとなります。次の渡航も予定しますので,そのときの更新までご期待の上,お待ちください。
ロシア総括として,ロシアの人々は人なつっこく,優しく,親切で,しかも親日家ばかり。料理はおいしく,日本人の口にとても合います。観光化されていないので,ふっかけもありません。イデオロギーの違いに起因する75年余の遠回りがありましたが,人々は活き活き頑張っています。大国ロシアの再生,復活を陰ながら応援しています。皆さまにも是非,近い将来ロシアをご旅行されることをおすすめします。
(2003年記)